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キルミー

完全に同意する。
日常系アニメは数あれど、こんなにつまらない作品は初めて見たと俺も最初は思った。
メインキャラが3人という異常に少ない登場人物。高校という使い古された舞台。
ガキがダベっているのをそのまま流したようなストーリー。どう見てもつまらなかった。
OPEDが面白いだけのアニメだと思った。
だが何話か見ていくうちに何か心に引っかかるものを感じた。
やすなは毎回ソーニャにちょっかいを出してはシバかれる。それでも懲りずにちょっかいを出し続ける。
最初はやすなはうざいと思っていた俺だが、
全くメゲずにいつもひとりぼっちのソーニャを構うやすなを見ているうちに、
俺はやすなは何と優しいのかと思うと同時にソーニャはひどいなと思うようになった
しかし、最初こそ邪険に扱うものの何だかんだで毎回やすなと一緒に遊んでしまうソーニャ。
俺はそのソーニャの不器用さに気づいて嬉しくなった。ソーニャは不器用なだけ本当は優しい女の子なんだと。
だがそれでもキルミーは相変わらずつまらなかった。
つまらなさに慣れたとはいえ、キルミーは当初のまま、途中から面白くなったりはしていなかった。
そして最終回を迎えた。
最終回で組織からの指令を受けて出かけて行こうとするソーニャにやすなはこう言った。
「殺し屋なんてやってちゃダメだよ。いつか酷い目にあっちゃうよ。
そしたら、私、ソーニャちゃんと遊べなくなっちゃうよ」
その言葉を聞いたソーニャは出かけるのやめて、夕暮れの中をやすなと一緒に帰っていった。
そうしてキルミーは終わった。
俺はふと考えた。
ソーニャとやすなは一緒に帰っていったが、もしかしたら次の日の教室にソーニャは居ないかもしれないと。
誰もいない机と椅子の隣の席にやすなは座っているのかもしれないと。
そう思った時、あのつまらないだけの日常のシーンが、急に黄金のような輝きを放つのを感じた。
俺はやっとキルミーという作品に込められたメッセージを知った。
あの、つまらない、くだらない、何の変哲もない日常、じゃれあいがどれほどかけがえの無い時間だったか。
あの他愛もないやりとりがどれほそ素晴らしい日々であったか。
あの当たり前の日常がどれほど儚いものであったか。
当たり前の日常、だがそれはかけがえの無いの価値を持ち、
そして何の前触れなくあっさりと思わってしまうような限られた、儚いものである。
それこそがキルミーに込められたメッセージだった。
限られた日々を分かち合ったやすなとソーニャ。
決して見返りを求めないやすなの純粋な友情。それを拒みつつもいつしか不器用に応えたソーニャ。
その二人の友情に気づいて俺の心は震えた。
二人はあの限れた退屈極まりない黄金の日々を全力で謳歌していたのだ。
折しも二人は高校生だ。青春時代だ。青春もまた短く儚い。
キルミーは視聴者にこう語りかけている。
当たり前と思っている日常は決して当たり前のものではない。いつまでも続く日常などない。
だからこそ、その日々を全力で生きているか?
かけがえの無い友人とともに毎日を楽しんでいるか?
そうやって過ごした何でもない毎日は、やがて何よりも眩しい思い出になる、と。
近年、これほど胸を打たれた作品は他になかった。
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